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2016年3月6日日曜日

鎧の下の等身大の自分

最近気づきがありました。

小さくて弱い人ほど、何かちょっとでも自信があるもので自分を大きく見せようとします。あるいは、立派なことや言い訳を言おうとします。その鎧をつけることで、小さくて弱い自分を守るのです。

私はこんなすごいステータスがある(あった)
私はこんなに稼いでいる(いた)
私はこんなすごいことをしている(したことがある)
私はこんなすごい人と結婚、交流がある(あった)
私はみんなが持っていないモノを持っている(持っていた)
私は世間的に有名な○○とつながりがある(あった)
私は外見的にすぐれている(いた)
自分が正しい


でも、それは小さくて弱い自分を隠そうとする、あるいは守ろうとするための鎧であることは周囲にはバレバレ。
鎧を着ることで「すごいね」とかの賞賛の言葉をもらい、それでなんとか自分の存在意義を、プライドを守ろうとしているのです。
でも周囲は、とっくにその人の本当の大きさを知っているのです。
バレていないと思っているのは実は本人だけだったりします。

でも、本人は、自分が鎧をつけていることにすら気づいてない場合があるのです。
等身大の自分を見たくない。認めたくない。
鏡に映るのは「鎧をつけている自分」ですから、それが本当の姿だと思いたいのです。
だって、等身大の自分は

できないことだらけ
コンプレックスだらけ
欠点だらけ
実は大したことない

んですから。

逆もあります。
「能ある鷹は爪を隠す」じゃないですけど、実はすんごい人なのに、その大きさを隠すためにあえて鎧をつけて隠している人もいます。そういう人は人にひけらかしたり自慢したり偉そうにしたりしません。むしろ控えめ、謙虚、低姿勢です。でも、どうしても鎧の隙間からオーラが漏れてしまうんですけどね。

まずは鎧をつけていることに気づくことから。
つぎに鎧の中の等身大の自分を素直にみとめましょう客観的にです。
「ああ、これが自分なんだ。こんなもんか。」と。
素直に認めて受け入れてあげることができたら、下手なプライドはすぐに消えてなくなります。
存在を認められ、邪魔なプライドもなくなれば、あとは小さくて弱い自分も成長できます。
成長できれば鎧を脱ぐ準備ができます。
始めは怖いけど、一つ一つ玉ねぎの皮をむくように鎧を脱いで、いつかすっかり鎧を脱いだ自分が表に出せるように。

そしていつか、鎧以上の器の大きな自分になりたいものです。








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2015年12月13日日曜日

あふれ出す幸せと感謝の気持ち

今日の記事は、スピリチュアル系、あやしい系なので、そういうの嫌い、興味ないという方はすっとばしてください。

私もそういうの全然信じてないクチでしたが、バリで腕がグルグル回って号泣した体験をしてからというもの、信じる信じないにかかわらず「事実」として受け入れられるようになりました。
今日のも実際に起こったことです。

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本日は日曜だったので、家でヨガをやっていました。
今週から朝授業が入ってヨガスタジオに行けなくなって家でやるようになったんですが、なんだかいつもより呼吸と体の動きが一致しているように感じ、だからとっても気持ちよくヨガをやっていました。
今思うと、この時すでに瞑想状態というか、トランス状態というか、そういう精神状態だったんだと思います。

最後に整理体操じゃないですけど、そういうポーズをしていたとき、急に私が今置かれている状況がばーーっと頭の中を駆け抜けたんです。よく死ぬ直前にそれまでの人生のいろんなシーンがフラッシュバックするといいますが、それとよく似た感じかと。
それは本当に一瞬でしたが、その直後、おなかの底からなんかすごい熱を伴ったパワーがこみ上げてきて、胸のあたりで涙に変わり、まだ上昇を続けたいパワーは喉を通って目からぶわーっとあふれ出したんです。また嗚咽するほど。

バリで大泣きの経験があったので、冷静に受け入れられました。
「こりゃいかん」と思って、急いでポーズをやめて坐禅に切り替え、そのパワーを見守りました。

そのパワーは「感謝」でした。もう、ありがたくて、幸せで、何かに感謝せずにはいられなくて、どんどん湧き上がってくるパワーの出口は目から涙を流すだけでは足りず、嗚咽するだけでも足りず、声にも出したくなって、感謝の言葉を繰り返しました。嗚咽しているので少々苦しくはありましたが不快ではなく、むしろ私の体内は暖かく満ち足りたエネルギーで満たされ、言葉では言いらわせないほどの幸せを感じていました。手は自然と合掌、感謝の気持ちでいっぱいでした。
目を開けると「まだ終わっていない!」とでもいうように嗚咽と涙が強まるので、目を閉じて存分にその感謝と幸せの気持ちを味わい、心の中でいろんなものにお礼と感謝と今自分がどんなに幸せであるかを伝えました。

タイトルにも書いた通り、「幸せと感謝の気持ち」が私の心と体をいっぱいにし、涙や言葉となってあふれだしたんです。
またまた信じがたい体験をしてしまいました。
でも、事実です。自分に起きたことだし。
そして最近、自分の中で何かが変わる予感もあったし。
それにこれはたぶん、正しい方、進むべき方に変わっているんだと思うし。
なぜならこれが起きた後ずっと、本当にさわやかで満ち足りた気分が続いているので。

この体験のあと、この気持ちを忘れちゃいけないな、と強く思いました。
「幸せになりたい」って言いますが、実はもう幸せの中にいるんですよね。
今ある幸せに気づいていないだけで。
それを忘れないでいる限り、きっとずっと幸せが続くと思います(^^)

最後まで読んでくださったかた、ありがとうございました。

2015年11月22日日曜日

自分以外はみんな異文化

意外と盲点です。
教科書やりながら思ったこと、今まで得たことの備忘録です。

自分の「普通」「当たり前」は、ほかの人の「普通」「当たり前」ではありません。
自分がAと感じるからといって、ほかの人も同じように感じるわけではありません。
ですから、自分が望む反応をほかの人に期待するのはやめましょう。
期待が裏切られて、イライラしたりがっかりするのは自分です。

自分の価値観だけでその人の「その時の行動」を判断してはいけません。
その裏にどんな事情があるのか、知らないのですから。

自分とほかの人、どちらが「正しい」「間違っている」かなんて、ありません。
したがって、自分が自分基準で「自分は正しい」と思うことを人に押し付けても、人はそう思っていないので変わりません。
人を変えるなら自分を変えたほうが簡単です。それが「包容力」というものです。
人が変わるには、その人自身が気づいて自らそれを本気で欲することでしか変わりません。

人の気持ちや考えは、自分にはわかりません。だから知る努力や、理解する努力や、察する努力が必要です。

「思いやり」とは「自分がされて嬉しいことをする」のではなく、「相手が望むことをする」ことです。
だからといって、相手に合わせて自分をないがしろにしてはいけません。
自分を大切にして幸せにできるのは自分だけです。

2015年11月21日土曜日

私の中で、何かが大きく変わる予感

先日、今年はメンタル的にも次の段階に移行したようだ、ということを書きましたが(詳しくはこちら)、どうもそのチリ旅行あたりから、いろんな情報や気づきが統合されつつあるというか、なんというか。

ちょっとスピリチュアルな話になるので、そういう話は苦手な人はこの先は読まないでスルーしてください。


******************************


そもそも私は霊的なものとか信じていませんでしたし、スピリチュアルなことも胡散臭いと思っていました。
以前の私なら「引き寄せの法則」とか、確実にスルーしていましたね。
でも、瞑想するようになって、そういう今までスルーしていたものがひっかかるようになってきました。そして少しずつ少しずつ自分の内側が変わってきて、最近自分が無意識に選んでいるものや情報、それらバラバラなように見えたものが、実は根っこは同じなんじゃないか、実は私はそういうものを求めているんじゃないか、と。

ヨガ
瞑想
シンプルライフ
断捨離
酵素ファスティング
マッサージ
ヒーリング
アロマセラピー
引き寄せの法則
コーチング


これらに共通するもの、それは「潜在意識」「本当の自分の声」

そして今、私に課せられたキーワードは「両親」「幼少期」

私に「この課題を解け」といろんな場面で言ってくるのです。
これが解ければ、何かが、大きく変わる気が、します。

2015年10月11日日曜日

ネガティブな感情から学ぶこと

最近では、ヨガのおかげでずいぶん気持ちが落ち着いてきました。
小さなことにも感謝して幸せを感じられますし、寛容さが身についてイライラすることもずいぶん減ってきたと思っています。
(今までずいぶんつまらないことに捕われていたんだな~と思います)

それでも、自分でどうにもコントロールがきかなくなる感情、特にネガティブなものがあります。
私の場合、特に嫌悪感と怒りですね。ほかにも妬みや憎しみなど、ネガティブで強い感情はどうにもコントロールができないものなのではないかと思います。
これらの感情は、本当にエネルギーを消費して疲れるので、できれば感じないようにしたいのですが、それでも自然と湧き上がってきてしまうので扱いに困ります。
私の場合、喜怒哀楽の感情が豊かすぎて、すべて表に出てしまいます。
喜びとか楽しいこととか幸せな感情なら表に出ても大いに結構なのですが、ほかの感情はできれば内にとどめておきたいもの。
できることならば、あまり波を大きくせず、じっと耐えてやり過ごせる程度にしたいというのが本音です。

どうしたもんかな~と悩んでいたところ、まさにドンピシャでいいアドバイスが書いている記事を見つけましたのでここに記しておきます。

対処法その1:ネガティブな感情は、自分の本当の気持ちを知るチャンス
例えば、何かにものすごくイライラ、怒りを覚えたとします。
その怒りに正面から向き合って、どうして自分はそんなに怒っているのか、つきつめてみます。そうすると、その感情の発生源がわかったりすることがあります。それは、自分が(意外にも)大切にしていることや盲点だったりして、本当の自分を発見することができます。

対処法その2:神様からの試練だと思う
それを乗り越えることが今の自分に与えられた課題だと考えてみます。過去に逃げてしまったからまた同じような課題を与えられたのかもしれませんし、逆に上手に乗り越える術を身につけられたら、次に来たときは上手に交わせて次のステップに進めるはず。RPGゲームの○○攻略のように、「さて、どう対処すればクリアできるか?」と考えれば、嫌な感情ともその問題ともちょっとは楽しんでつきあえるかもしれません。


結局、ネガティブな感情をワルモノ扱いしてすぐ追い出そうとするのではなく、その感情に振り回されず、無視するのでもなく、きちんと向かい合うことが大切、ということのようです。


2015年9月18日金曜日

目から鱗!人に優しくしたければ、まずは自分に優しくするべし。

いろんなところで言われていることだし、何度も聞いたことがあったのですが、きちんと自分の中に落ちていなかったことです。

みなさん苦手なタイプの人がそれぞれいると思いますが、私はやるべき努力を怠っていたり、自分を大きく見せようとえらそうにしたりする人が苦手だと、つい最近判明しました。
つまり、実力がないのに、それを向上させる努力をせず、逆にかくそうとしたり、うまくごまかそうとする人がダメでした。
だから、そういう人に対してはイライラしたり、攻撃的になったり、「ダメ人間」のレッテルを貼ったりしていました。こんな態度はいけないと思っても、どうにも感情のコントロールができなかったんです。

それでは、私はどうしてそういうタイプの人が苦手なんだろうとさらに突き詰めてみました。
すると、私が足りない力を伸ばし、実力をつけるために、必死に努力をしてきたからだということに行き当たりました。なにしろ20代のころの座右の銘は「若いうちの苦労は買ってでもしろ」でしたから(笑)。

私の思考回路はこうです。
「自分は辛くても我慢して努力してがんばってきたんだから、あなたもそうするべきだ、それができないのは甘えてるか、努力が足りないからで、うまくやろうとするなんて卑怯だ!あなたも(私と同じように)がんばるべきだ」・・・
自分に厳しかったからこそ、人にも厳しくなってしまっていたんだと思います。

また、私は、そうやってがんばってできるようになったことにはあまり目を向けず、まだできないことや足りないことに注目して「まだまだダメだ」とか「どうしてできないの?」とか自分を責めたり反省したりするばかりで、自分を褒めてあげることをしてきませんでした。
そして、やっぱり同じことをほかの人にもしていると思います。

そりゃ、私も休みの日にゴロゴロしたり、寝坊したり、おいしい物食べたり、旅行に行ったりと、自分に甘いことたくさんしてますよ?でも、根っこのところで、本当には自分に優しくなかったんじゃないかと。

自分に優しくないから、人にも優しくない。
自分に寛容じゃないから、人にも寛容じゃない。
不完全な自分を認めてあげないから、不完全な人も認めてあげない。

自分にしていることを人にもしてしまう。
だったら、まずは自分をきちんと褒めてあげて、認めてあげて、優しくなろうと思いました。

頑張りをねぎらってあげる。
そうしたらきっと今以上に自己肯定感や幸福感が増すでしょう。

できるようになったことに注目して、思いっきり褒めてあげる。
自分にでも褒められたらやっぱりうれくて、もっとがんばるようになりますよね。

グダグダしたりサボったりする弱い自分も、認めて受け入れる。
そうしたら完璧じゃなくてもいいんだと甘えることができるようになれます。
そうしたらきっと人の弱い部分も認めてあげられるようになるはず。

「人に優しくしたければ、まずは自分に優しく」
「人を愛したければ、まずは自分を愛すること」

この言葉の本当の意味するところが、やっと理解できました(^^)

2015年9月14日月曜日

「引き寄せの法則」実践中

先日ネットをうろうろしていたら「引き寄せの法則」という記事に行き当たりました。

私は知らなかったんですが,実は結構前から注目されている考え方のようですね。
なんでも、思うだけで運を引き寄せ、願いが叶うということらしい。
うさんくさいな(失礼)、と思いながら先を読んでみると、

物質はそれぞれ元素と分子からできているので、その振動、つまり波動(エネルギー)を発しています。
人の場合はそれが波動とかオーラとか気とか呼ばれています。
人の思考や感情もエネルギー、波動です。
そして、ラジオと同じように波動はそれと同じ波動のものを引き寄せます。
だから、ネガティブな波動を発している人には暗くてネガティブなオーラの物事が集まってくるようになり、
反対に、ポジティブな波動を発している人には明るくてポジティブに感じられるものが集まってきます。
実際には「集まってくる」というより、そのように「見える」「聞こえる」ということなんだと思います。
だから、毎日いい気分ですごせるようにするといいとのこと。

毎日いい気分で過ごせて、しかもいいことが引き寄せられて、しかも最後には願いが叶うなら、これほどハッピーなことはなくないですか??(さっきは胡散臭いとか言ってたのに調子いいヤツ。。。)

以下、読んだ中から毎日いい気分で過ごして幸運を引き寄せるためにすることをまとめます。

毎日いい気分で過ごすためには、まず「毎日いい気分で過ごす」「幸せになる」と決めることが第一歩。
それから見方を変えること。いい面を見るようにしたり、好きなことに目を向けたり。
基本的にはネガティブな方向には考えない、ネガティブワードを言わないようにすること。例えば
嫌なことがあったら、「少しマシ」な考え方をする,もしくはニュートラルに流す,それに長い時間とらわれないこと。
嫌な人がいたら、気にしないか、反面教師にするか、だれでも嫌な所はあると寛容になるか、離れること。
そんなことを毎日繰り返しているうちに、感じ方が変わってきて、いい気分でいられることが多くなるそうです。

いい気分でいる=ポジティブオーラを発する→ポジティブなこと(小さな幸せ、小さなラッキー、うれしいこと)が引き寄せられる→もっとポジティブなこと(大きなラッキー、夢、願い)も引き寄せられる


というか、私がヨガや瞑想をしているのも、毎日いい気分で過ごすため。根っこは同じこと。
やっぱりヨガ続けるしかないですね笑
ヨガと瞑想のおかげで、最近ではだいぶイライラやストレスが減りました。
小さいことでも幸せに感じていい気分でいる時間も以前と比べて長くなっていると思うので、図らずも「引き寄せの法則」実践中と言えそうです。
どんなラッキーが引き寄せられるのか、楽しみです(^^)

2015年9月5日土曜日

今日がサイコ―にハッピー

今日は土曜日で、一週間で一番授業時間が多い日でヨガにも行けない日なのに、なぜか今日は朝から晩までハッピー気分でした。

朝、気持ちよく起きられたこと、
スペイン語の勉強が楽しくできたこと、
空いた時間にちょっとだけできたヨガが気持ちよかったこと、
朝ご飯がおいしかったこと、
予定時間ぴったりに支度が終わり家を出ることができたこと、
選んだ服が、暑すぎず寒すぎず、快適だったこと、
困ったちゃんがお休みだったこと、
同僚に意見をうまく伝えられたこと、
ランチをおいしく食べられたこと、
お天気がよくなり、太陽の光がまぶしかったこと、
安定感抜群の学生に癒されたこと、
授業に集中でき、しかも楽しかったこと、
余裕を持って対処できたり、仕事をこなせたこと、
レジの待ち時間をイライラすることなく過ごせたこと、
帰宅後のビールとおつまみをおいしくいただけたこと、
見たドラマにすごく感情移入できたこと、
日本にいる家族とやりとりし、みんなが元気で過ごしていると知れたこと。
今日も無事終わること。
あらゆることに素直に感謝できること。


たぶん、今日の私は、全てのことをハッピーに感じられるようにできていたんだと思います。
すごくささいなことでもハッピーに感じることができ、普段ならムッとすることさえ(レジで30分以上待たされるとか)気にならず、常に心に余裕がありました。

こんな日は一年にそうそうあるもんじゃありません。

でももし自分の感情をコントロールでき、そのうちそれさえも自然に無意識にできるようになり、毎日今日みたいな気分になれたら、毎日がサイコ―に幸せだと感じられるってことですよね。それってステキすぎじゃないですか?

毎日毎日を「今日が最高に幸せ」って思って過ごしたい。

そして、私はその方法をたぶん知っている。

今のこの気分をまた明日も明後日もその次もずーっと味わいたいから、そのためにがんばります!





2015年8月12日水曜日

内的環境を整える

実は最近、なんとなく心がスッキリ晴れやかではありません。
なんとなく、心がざわついているというか、重いというか。気づけばネガティブな思考や言葉が心を占領していたり。ヨガの後のスッキリ感がイマイチで、瞑想が雑念ばかりでうまくできません。どちらが先でどちらが後かわかりませんが、これらはすべてリンクしていると感じます。

以前ならこんな自分を見ないふりしたり、気分に任せてイライラしたり、私はダメな人間だと否定したりしていました。
でも最近は以前よりすこ~しだけ、自分の気持ちを「眺める」ことができるようになりました。瞑想のおかげですね。

認識しつつ、責めない。自分の状態を認めてあげる。
放置ではなく、自分の心に聞いてみる努力をする。
見方や考え方を変えてみる。
少しでも心地よく過ごせるように、匂いや音や肌触りなど、気持ちいいと感じることを取り入れる。


人間生きてると、いつも調子いいとは限りません。
外部からストレスだってうけます。
そんなとき、自分の内的環境をどうやって整えるか。
まだ模索中ですが、今日よりハッピーな明日になるようにしたいものです。


追記
自分の心の声に耳を傾けてみて、一つストレスになっていることに気が付きました。
それは、バスの中に乗ってくる物売りやカンパのお願いです。
そういう人たちは病気の家族がいたり、諸事情により学費を親に出してもらえなかったり、体が不自由で仕事がなかったり、みんなそれぞれ問題を抱えていて、ほかにどうしようもなくて、バスに乗っている客に少しばかりのお金をもらうためにバスに乗ってきます。

国際協力の考えでは「目先の少しの利益より、長期的に自分で稼げる技術を身に着けさせる」というのが主流(?)ですが、今日食べるご飯にも困っている人もたくさんいて、そんな気長なことは言っていられません。
できることなら、みんなに少しでもお金を渡したい。
でも、こちらにも事情があるので、みーんなに渡すわけにもいかない。
じゃあ、何を基準にして渡す、渡さないを決めればいいのか??
自分に必要なもの(食べ物、物、パフォーマンス)を提供してくれれば渡すのか?
じゃあ、何も交換できるものを持っていない人(きっと調達資金さえないのでしょう)には渡さないのか?
そしていろいろ考えても、結局いざとなると行動に移せない自分がいるのです。なぜか、いつも尻込みしてしまう。
それが結構ストレスになっていることに気が付きました。

次々に乗ってくる経済的に困っている人たち。そして、その人たちに対して結果的に何も行動に起こせないでいる自分・・・

これをどうするかついてはもう少し時間がかかりそうですが、気づけただけよかったと思っています。
もう少し、自分と向き合ってみたいと思います。


2015年8月7日金曜日

あなたの人生(生活)において大切な5つのことってなんですか。

今日のヨガのクラスの最後。シャバアーサナが終わって、目を閉じて瞑想しているとき、先生が言いました。
「あなたの人生において大切な5つのことに感謝しましょう。」

瞑想中の私の中に自然に浮かんできたのは

1.太陽
2.空気
3.自然
4.水
5.健康な体

でした。

そしてこれにびっくりした自分がいました。
きっと普通に生活していて突然聞かれたら、きっと違うことを答えていたと思います。
瞑想中は、精神状態がやっぱりちょっと違うんだと思いますが、どうしてそう思ったのか、ここに書き留めておきたいと思います。

1.太陽
日の光はすべてのエネルギーの源。お天気の日は、それだけでありがたい。感謝。

2.空気
空気(酸素)がなければ、私は2分とたたずに死んでしまう。生きること、すなわち呼吸。十分な空気を吸って吐いて生きていられることに感謝。

3.自然
太陽があって、空気があって、自然がある。これが地球に生命が誕生する前の原風景。光合成により酸素ができ、今それによって私たちは生きている。自然の緑、花々、自然の恵みである食べ物、ありがたい。

4.水
食べ物を1か月食べなくてもたぶん生きていられるが、水は飲まないと死んでしまう。植物にも水は必要。体の70%は水。きれいな水が豊富にあることに感謝。

5.健康な体
こうして毎日生きていられるのは、私の細胞が毎日きちんと働いてくれるから。丈夫で体内環境が整っているから。これからもきちんと運動、体にいい食事、メンタルのすっきり、心がけていくからね。毎日ありがとう。


1~4は世界中みんなでその恩恵を享受しています。シアワセのシェア。
5だけは自分のことですが、1~4につながっているし、それよって「生かされている」とも言えます。

みなさんにとって、人生(生活)において大切な5つのことって何ですか。

2015年5月27日水曜日

ヨガで心と体を安定させる。

by 写真AC

コスタリカでヨガを習い始めました。
そしてあまりの気持ちよさにはまりました。(笑)

そして,バリで瞑想と出会いました。

そのときの体験があまりにも強烈だったのでちょっとだけ。
旅先のスタジオで一度だけそのクラスを受けたのですが,どう強烈だったのかというと,腕が勝手にグルグル回り,嗚咽するほど激しく泣きました。自分の意思と関係なくです。
始める前に先生が"何が起きても不思議じゃない。体ところのままに従いなさい。"と言っていました。
何が起きているのかよくわかりませんでしたが,終わったとき,なぜか妙にスッキリした気分でした。

こんなこと書くと,何かに乗り移られたんじゃないか,とか,頭がおかしい,とか思われるかも知れませんが,このとき私は,私の心と体は(私だと意識できる)自分だけのものではないのかもしれない,と思ったのです。私の体を作り絶えず働いている細胞しかり,まだ私が気づいていない無意識の中にいる自分しかり。
自分の心と体に対する意識が変わり,もっと自分を知りたい,と考えるようになり,日々の生活に取り入れるようになりました。

ちなみに後で知ったのですが,私がやったのは"ヨガ病"になりかねないちょっと危険な瞑想法だったようです。(なぜそのヨガスタジオでその瞑想法を行っているのかはナゾです。)なので今はそれではなく,静かに腹式呼吸を繰り返す瞑想法です。

そして私は勘違いをしていたことに気づきました。本を読んで知ったのですが,ヨガとはポーズのことだけではなく,瞑想も含んだ精神と肉体とを向上させるもっとダイナミックなものだったのです。

まだまだヨガ初心者ですが,ポーズをやったあとに瞑想に入ると,たまに無になれることがあります。そんなときは本当に気持ちがいい!
そこまでうまくいかなくても,ちょっとした隙間時間でも,ゆっくりとした呼吸で自分の内部をじっくり眺めてみる,という時間を持つことによって,前より自分というものが少しわかるようになった気がします。自分の声に耳を傾け,理解し,自分を幸せにできるのは,自分しかいないと思うようになりました。
同時に,周囲に対するイライラも減りました。自分でコントロールできないことだからです。私がコントロールできるのは私だけ。思うようにいかないときは"しょうがない"と思えるようになりました。あとはそれに対しての自分の気持ちや考え方,行動を変えるのです。

これは異国で暮らす身には非常にありがたい変化です。なにせ,日本と同じにはいきませんからね。思い通りにいかないことなんて,多々あります。いや,むしろそればかりです。もっと言えば,自分以外はみんな異文化です。文句言っても不満に思っても回りは何も変わってくれません。私は私が気持ちよく穏やかで幸せに過ごせるように全力を注ぐだけです。

ヨガのポーズと瞑想は,私がどこでも幸せに暮らしていくためになくてはならないものになりました。
by 写真AC