2016年3月10日木曜日

首が回らない・・・

比喩ではなくて、文字通り。

今週から朝授業がなくなったので、これまで行けなかったパワーヨガのクラスに行き始めたのですが・・・(関連記事→ヨガの先生が退職されました)

新しい先生はわりとテンポが速く、あまり子どものポーズで休んだりしませんし、本当に「パワー」で、結構筋肉使います。
加えて、私は先週まで週2回しかクラスに行っていなかったので、いくら家ヨガをやっているとはいってもやはり筋力は週5通っていたときより落ちています。

そんな体に、急に激しいことを要求してしまったからかもしれません。
火曜日ですかね。ヨガを終えたときは何ともなかったのですが、午後から次第に寝違えたように首というか背中が痛くなって回らなくなり、夜の授業のときには腕も上がらなくなり、笑うだけでも激しい痛みを感じるようになりました。

その日は帰ってから湿布薬を貼って寝たのですが、もう寝返りが辛いのなんの。

翌日はさすがにヨガをお休みして、安静にして一日過ごしましたが、3日目の本日もまだ痛みが続きます。特に夜になると痛みが強まります。

そんなに無理させちゃったんですかねぇ。
こんなこと考えたくないけど、やっぱトシとったってことなんですかねぇ。
ちゃんと自分の体と向き合っていないということなんですかねぇ。

早く治るのを期待するのみ・・・




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2016年3月8日火曜日

「Astrid & Gastón」で贅沢で優雅なひとときを体験

こちらにきてからできた数少ないお友達の一人が、来週チリにお引越ししてしまいます。
お別れの前のゴハン、希望を聞いたら「せっかくだから、今まで行きたくても行けなかったガストンのお店に行きたい!」とのこと。

ガストンこと、ガストン・アクーリオ氏。
ペルー一有名な料理人。私でも知っているぐらい。
日本で言ったら・・・道場六三郎さん的な?

彼のお店はそれこそ一流店で、よほどのことがなければ庶民は行くことはないであろう部類。
でも、確かにペルーがこれで最後なら、一度は行ってみたいと思うのも納得の店。

ということで、だいぶビビりながら行ってきました~。
もう何着て行ったらいいのかわからなくて、段ボールあさりましたよ(^^;)

敷地内に入った途端、もう見た目からしてすでに普通のレストランではなかったです。
ここはお城ですか?

最初、どこか違う所に来てしまったのかと。こんなデカイ建物まるごとレストランなわけがない・・・。
でも、まぎれもなくここでした。ズーム・イン。
昔の古い邸宅を改装したそうなのですが、それにしてもこれがレストランなんて・・・
(もはやすでに異世界です)


お店の中も、なんていうんでしょう。空間の使い方がぜいたくなんです。
ゆーったり。
 

中庭に面したパテオや、お部屋の装飾もアーティスティックでステキ。各テーブル間にも余裕があります。
 

ネットで見たときは240ソルのコース以上のものしかなかったようなんですが、来たらメニューからエントラーダとフォンドを選ぶ普通のスタイルでの注文も有ることが判明。
お値段も(確かにお高いですけど)、そんな目が飛び出るほどではなかったので、本当にホッとしました(笑)

まずはドリンクで乾杯!


次に運ばれてきたのがパン。
入れ物もかわいい!

パンの種類も3,4種類ぐらいあっておいしかったのですが、それより感動したのがこのパテたち!
緑のがワカモレ、白いのがバターに塩を混ぜてホイップしたもの、ピンクのがバターにトマトを混ぜてホイップしたもの。特にトマトのやつが燻製っぽい香りもして、もんのすごくおいしかったです♪

次に運ばれてきたのがエントラーダ。
そうそう、サービスも一流で、だれも待たないで済むように一斉にウエイターさんたちがお料理をサーブしてくれます。しかも「○○をご注文のお客様」なんて聞きません。なのに、確かに私が注文したものが目の前に置かれるのです。ス、ステキ~☆

私が頼んだエントラーダはセビーチェ。もう、見た目からして普通じゃないオシャレさ。
泡のってるー

友人のエントラーダも写真撮らせてもらいました~
カウサ

ティラディート

正直、こんなにたくさんの量がくるとは思っていませんでした。
大きなお皿に、ちょこんとのったお料理、おなかを満たすというより味と雰囲気を楽しむ場所・・・と勝手に思っていたのですが、パンとエントラーダを食べたこの時点で、すでにおなか膨れてました。

そしてやってきたフォンド(メイン)。
こちらも予想を裏切りけっこうなボリュームです。
私は友人と一緒に2人前から注文できるpato(アヒル)にしました。初パトです。
 
      でかいフライパンで登場~                    ウエイターさんが取り分けてくれました

。
真ん中に乗っているのはアヒルの卵だそうで、食べてみると鶏の卵より黄身が濃厚でした。
にんじんはピクルスで口の中さっぱり。
お肉が食べても食べても減らないので、まいりました(^^;)

そして友人のフォンドの写真~

アマゾンの食材を使ったプレート。
酸味のあるソースでさっぱり。黒いのは最後まで何だかわからなかったそうです。

牛ほほ肉。とってもやわらかかったそうです。

お魚のカリフラワーソース。

そして最後にコーヒーと共に運ばれてきたのがチョコレート。
チョコはなんとサービスです。

最後に、感想。
勇気を出して、行ってよかったです。
この機会をくれた友人に感謝です。ありがとう。
一流の空間で、一流のサービスをうけ、一流の料理に舌鼓・・・。
とっても優雅な気分になりました。身も心も幸せに満たされました。

きっともう来ることはないだろうな・・・いや、また来られるように仕事がんばろう!
仕事がんばったご褒美に自分にあげられるように・・・







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2016年3月7日月曜日

マチスモ(machismo)

ラテンアメリカ社会で「マチスモ」と言えば一般的に「男尊女卑」とか「男性優位」とかの概念を指しますが、ペルー人の友人(男性)と話していて、どうも私の持っている「男性優位」の概念とずれているな~と感じることがありました。

共通する部分も確かにあります。
家事・育児は女がするものだ、とか、仕事でも男性向き・女性向の仕事があると思っている、とか。
ひどい時はDVも。

でもペルーでは「女性は弱いもの=守ってあげるもの」と考えるため、大切に扱ってくれます。いわゆる「レディファースト」は当たり前ですね。道を歩くときも必ず女性を内側にしますし、夜道を歩くときは横に並ぶか女性に前を歩かせるかして、絶対後ろを歩かせません。何かあっても大丈夫なように必ず視界に入れます。
もちろん女性を自分の持ち物のようには扱いませんし、自分より地位が下とも思っていません。夫婦間で何かあれば、「話し合い」で解決します。

今はだいぶ変わってきていますが、私の持っている日本の男性優位の概念は、一昔前の日本のイメージです。男性が女性を自分より下、自分の持ち物として扱い、自分が一番上に君臨して全てを決める。「女は3歩下がってついてこい」、女性が意見なんぞいえば「おれに口答えするな!言うことを聞け!」と命令する。とにかく男性だっていうだけでエラそう。
(※あくまで私個人の持っている概念です)

友人に「謙遜」のことを伝えたくて「日本ではよその人に自分の家族(特に妻)がほめられたとき、例えどんなに素晴らしい奥さんでも『いやいや、愚妻でね。何やらせてもダメ』なんて言い方をする時があるよ。今はずいぶん変わってきているけど、素直に『妻は本当に素晴らしい』とべた褒めすることはないな~。」と言いました。

それを聞いた友人「なんで思ってもいないことを言うんだ。うそつきじゃないか。」と。

まあ、そ、そうですね。ごもっとも。

そして「もし本当に何もできない妻だとしても、そんな家庭内の問題(つまり恥)をよその人に話すなんて意味が分からない。ここでは家庭内のことは家庭内で解決して、外には出さない。もし相談されても、話を聞くだけで何もしない、というか、他人には何もできない。そうじゃないか?」と。

それも、たしかにごもっとも。

そして「子供が小さい時から、父親が他の人に母親のことを悪く言うのを聞いて育つのか?もし自分だったら父親がそんなこと言っているのを聞いたら殺すね。そしてそれがうそ(つまり本音じゃない)とわかったら、2度殺すね。」と言っていました。

ラテンアメリカの人は、本当にみんなお母さん大事、大好きですからね。
お父さんがお母さんを、お父さんが守るべき人を、子どもである自分が大好きな人を、そんな風に扱っていたら許せないそうです。

私はなんとか日本には「ウチ」と「ソト」という概念があって、例えば自分が褒められても謙遜するのと同じように、家族が褒められていも謙遜するんだよ、ということを伝えようとしたのですが、やっぱりわかってもらえませんでした。
家族であっても個人個人違うのに、なぜ自分と同じように謙遜したり低めたりするのか理解できない、と言っていました。

異文化理解の難しいところは、こういうところですね。
自文化にない概念を理解するのが、本当に難しい。

ずいぶん話はとんでしまいましたが、今日は同じ「マチスモ(男性優位)」でも文化が変われば概念も変わる、というお話でした。
こういうのをきちんとスペイン語で説明できるようになりたいものです。






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2016年3月6日日曜日

鎧の下の等身大の自分

最近気づきがありました。

小さくて弱い人ほど、何かちょっとでも自信があるもので自分を大きく見せようとします。あるいは、立派なことや言い訳を言おうとします。その鎧をつけることで、小さくて弱い自分を守るのです。

私はこんなすごいステータスがある(あった)
私はこんなに稼いでいる(いた)
私はこんなすごいことをしている(したことがある)
私はこんなすごい人と結婚、交流がある(あった)
私はみんなが持っていないモノを持っている(持っていた)
私は世間的に有名な○○とつながりがある(あった)
私は外見的にすぐれている(いた)
自分が正しい


でも、それは小さくて弱い自分を隠そうとする、あるいは守ろうとするための鎧であることは周囲にはバレバレ。
鎧を着ることで「すごいね」とかの賞賛の言葉をもらい、それでなんとか自分の存在意義を、プライドを守ろうとしているのです。
でも周囲は、とっくにその人の本当の大きさを知っているのです。
バレていないと思っているのは実は本人だけだったりします。

でも、本人は、自分が鎧をつけていることにすら気づいてない場合があるのです。
等身大の自分を見たくない。認めたくない。
鏡に映るのは「鎧をつけている自分」ですから、それが本当の姿だと思いたいのです。
だって、等身大の自分は

できないことだらけ
コンプレックスだらけ
欠点だらけ
実は大したことない

んですから。

逆もあります。
「能ある鷹は爪を隠す」じゃないですけど、実はすんごい人なのに、その大きさを隠すためにあえて鎧をつけて隠している人もいます。そういう人は人にひけらかしたり自慢したり偉そうにしたりしません。むしろ控えめ、謙虚、低姿勢です。でも、どうしても鎧の隙間からオーラが漏れてしまうんですけどね。

まずは鎧をつけていることに気づくことから。
つぎに鎧の中の等身大の自分を素直にみとめましょう。客観的にです。
「ああ、これが自分なんだ。こんなもんか。」と。
素直に認めて受け入れてあげることができたら、下手なプライドはすぐに消えてなくなります。
存在を認められ、邪魔なプライドもなくなれば、あとは小さくて弱い自分も成長できます。
成長できれば鎧を脱ぐ準備ができます。
始めは怖いけど、一つ一つ玉ねぎの皮をむくように鎧を脱いで、いつかすっかり鎧を脱いだ自分が表に出せるように。

そしていつか、鎧以上の器の大きな自分になりたいものです。








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2016年3月5日土曜日

期間限定遊園地

うちの近所のイベント会場に、今年になってから遊園地ができました。
(2月29日までと書いてあるのに、3月になってもやっています。情報がいい加減なあたりがいかにもペルー(^^;))

最近、帰り道にこの近くを通ることがあるのですが(関連記事→乗るならどっち?チョー渋滞のバス VS チョー満員のバス)、仕事が終わった後に来る人も多く、夜間も人が多めです。「キャー」とか「ワー」とかいう楽しそうな声が聞こえてきます。

暗くなっていたのですが、今日は勇気を出して陸橋の上から写真を撮ってみました。
(道を歩いているときはできるだけ立ち止まらずに早足で歩きます。ドロボーにターゲットにされたくないので。普段は公共の場ではケータイなんぞ出しません!)
木が邪魔になっててすみません(^^;)

写真じゃわかりづらいですが、けっこう奥まで敷地が続いていてびっくり。けっこう人が入っていてびっくり。
日本の富士急とかに比べたら全然物足りないでしょうが、この国の人にとっては期間限定の楽しみ、普段は行きたくてもないものですからね。

「キャー!」とかいう叫び声を聞いていると、私も乗って大声で叫びたくなります。(ストレス溜まってるのかな??)

本日は季節ものネタでした。





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2016年3月4日金曜日

振り出しに戻ったスペイン語学校探し

しばらくお休みしていたスペイン語学校通いをそろそろ再開する時期のような気がしています。
以前も記事で書きましたが、なぜかリマの語学学校のコースはバリエーションが少なく、週2,3日で通える学校がありません。民間はバカ高く、大学付属の学校は週5日。

だからネットで、週3日の各2時間クラスで、しかもDELE対策コースがあるというLicardo Palma大学を見つけたときには、それはそれは大喜びしました。
去年の12月のときは、問い合わせても電話もメールも音沙汰なしで、わざわざ大学まで(と言ってもわりと近く)行って担当の先生を待ち伏せしたりもしました。もう夏休みに入ってしまったかもしれない、ということで、新学期の始まるこの時期まで待ちました。

先日またホームページでコースがあるのを確認してコンタクトをとってみたところ、なんとかつながったのですが、なんと
外国人向けのスペイン語コースはない
と言われてしまいました(;_;)

あのネットの情報はなんだったの??
ないなら消して~!!

というわけで、また振り出しに戻ってしまいました。

どこかいい学校、ないですかねぇぇ。





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2016年3月2日水曜日

ヨガの先生が退職されました。

昨年中、月・水・金にパワーヨガのクラスをとっていました。
今年に入ってからは月・水・金は午前のクラスが入ってしまったため、そのヨガのクラスにはずっと参加しておりませんで、でも来週から午前クラスがなくなるので、またその先生のクラスに行けると内心楽しみにしていました。

でも今日、イエンガーヨガのクラスに行ったら、その先生が昨日(つまり2月一杯)でお辞めになった、と知らされました。

けっこうショックでしたね~(;_;)

イエンガーヨガのP先生とそのパワーヨガのK先生は、私の大のお気に入りの尊敬する先生で、お二人と共演したことは今でも私の心の宝物、記念になっています。
(関連記事→ヨガ 憧れの先生方と夢の共演!)

先生の授業を受けて、自分の仕事を振り返り、いろいろ考えさせられたこともしばしばありました。

振り返れば、先生からものすごく影響を受けていました。


P先生がK先生が生徒たちに当てたメッセージを読んでくださいました。

それによると、私たちは同じヨガの道(camino de yoga)を進んでいるのだから、続けていればきっとまたいつかどこかで会うこともあるだろう。これからも自分は自分のヨガの道を突き進んでいくつもりだから、みんなも自分の道を進め、と、そんな内容だったと思います。

たしかに、みんなヨガに興味を持ち、ヨガを通じて知り合いました。
先生がこのスタジオを辞めると決断されたのも、きっと人生の流れ。
流れに身をゆだねて運ばれていくその先で、また会えるんでしょうかね。
ヨガを極めれば(物理的にじゃなく)会えるのかな?

そんなことを考えていたら、タイミングよくP先生
「ヨガの道にゴールはないからね~。いつまでも終わりがない」とおっしゃいました。
極めるなんて、たしかにありえないですね(^^;)
(先生、私の心の声が聞こえたの??)

先生のこの執着しないで流れていく感じもまたヨガっぽい。
私はめったに出会えない素晴らしい先生に出会えたものだから、執着していたのかもしれません。
ヨガとは自分の内面を旅すること。だから、結局は自分一人で旅するしかない。
先生ですら私と一緒に旅できない。ガイドにはなってくれるけれども。
一人で旅しなくちゃいけないとわかってはいるけれども、私にはまだまだガイドが必要、先生が必要だったんです。
私にはまだP先生がそばにいて指導してくれるのでよかったですが、少しずつ自分一人でも歩き出せるように心身を鍛えようと思います。



先生がお辞めになったのはとても寂しいことなんですが、でもそれは同時に月・水・金の朝に先生のクラスがない、その時間にどうしても行く必要がなくなった、つまりはスペイン語の勉強にあてろ、という流れなのかな、とも感じました。
ちょうど新学期も始まる時期。
以前週3日でスペイン語授業が開かれているとみつけたLicardo Palma大学に再度問い合わせをしました。

先生が去ることで新たに生まれた流れ。変化。
さて、宇宙は私にどうしろと言っているんでしょうかね。。。








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